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連載小説「黄昏と暁のみろく横丁」 shot.36

新たな法廷闘争の始まり (PART2)

 訴状送達から数日後、中居は各店主に対して、屋台村の顧問弁護士宛の委任状を書くようにと指示した。自己の代理人として弁護士に一任すれば、わざわざ裁判所に行く必要はなくなる。それでも、訴えられた事自体の動揺は隠せない。

訴状を見ると、損害賠償請求の算出根拠が不明だ。被告一人当たり七万七千円掛けることの原告三店舗関係者多数で、訴額の総額は千二百万円にのぼる。弁護士は裁判官と話した際、何を訴えたいのかよく分からないという共通の認識を持ったらしい。つまり、心理的な圧迫を与えるための嫌がらせ裁判といってもよい。

 訴状送達された店舗から、分厚い書類一式を借りて一読してみた。訴えの趣旨は、〈各テナントが中居とグルになって虚偽のアンケートをでっち上げ、それを基に退去しろと訴えられた。そのために応訴する手間と弁護士費用の損害を被ったから賠償しろ〉ということのようだ。

 前訴で三店舗関係者が訴えられた際の陳述書も書証としてファイルされている。共通する部分について列挙してみると、〈定期建物賃貸借契約の説明がなく、契約終了の通知もない〉〈契約書交付の際、署名捺印するように言われただけで契約内容について説明を受けていない〉〈九月八日テナント会で、契約終了について説明・交付はなかった〉という主張に整理される。

 十月十二日の夕方、店舗を一軒ずつ廻り、用紙を配っている男を見かけた。屋号と書類を見比べながら通りがかる。私の店には来ない。どうやら裁判に関係がある店を探しているようだ。これは怪しいと思い、男が廻った後の店舗に話を聞きに行った。案の定、男は相手方の関係者でミカミという人物らしい。持ってきた書類には〈陳述書〉とある。〈テナント会で終了通知があったことは虚偽で無理やり書かされました〉という内容が印刷されている。ミカミは陳述書に署名捺印するように言い、こう話したそうだ。

「この陳述書にサインしてくれれば、訴えを取り下げます」

 これはルール違反、というか裁判手続き上やってはいけない事だ。訴えられた店主らは既に弁護士に訴訟代理人を依頼し、委任状を提出している。相手方が直接店主らに接触することは認められない。

この〈怪文書〉が出回っているという噂はたちまち広がり、中居の耳に情報が入るのも時間はかからなかった。十五日、訴えられた屋台店主らを対象に緊急テナント会が招集されることになった。顧問弁護士からの説明があるという。

 弁護士は、前訴で提出したアンケートについて再確認と補充をしたいので新しいアンケートに回答してほしい、と質問事項を説明し始めた。九月八日のテナント会で終了通知があったかどうか。相手方三店舗は誰がテナント会に出席していたか。怪文書をミカミが持ってきた際、威嚇するような態度や利益誘導に結びつくような言動はなかったか。もしサインした人がいたとしたら、怪文書の内容を認識して署名したかどうか。

 そのような説明に従って、アンケートを埋めている途中で、ある店主が発言した。

「ちょっと待ってください。テナント会で本当に契約終了の話はあったんですか。あったのか、なかったのか、と言えば私は〈なかった〉と思いますよ。ウチの顧問弁護士に前回のアンケートの話をしたら〈何でそんなものにサインしたんだ〉って怒られましたよ」

「事務局の方としてはいかがなんですか」

 弁護士が中居に向かって尋ねる。

「・・・はっきり記憶していない」

「え、そうなんですか・・・」

 別の役員が話し始める。

「仮にテナント会で話がなかったとしても、皆さん出店の申込みをしていますよね。契約が終わるという認識があったということですよね。それに、彼らは自分たちが出て行くと言った日にその通り出て行ったんですから、彼らには何の不利益もありませんよね」

 先ほどの店主が話を続けた。

「契約が終わりになるという文書を出しさえしていれば、こんな面倒な事にはならなかったんじゃないですか」

 役員はその通りだと頷いた。他のテナントは沈黙したままだ。テナント会で終了の話が〈あった〉とも〈なかった〉とも誰も発言しない。重苦しい雰囲気のまま、弁護士のアンケートについての説明が続けられた。

 ここまできたらあとは弁護士に任せる他ない。これからの不安と、裁判沙汰になってしまったことへの不満を抱きながら店主らは散会した。

                                  (続く)

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