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連載小説「黄昏と暁のみろく横丁」 shot.40

 反訴第一回口頭弁論

 広葉樹の落ち葉がカーペットのように道を彩る季節となった。冬の訪れが近いことを感じさせる十一月十五日、相手方が反訴提起した損害賠償請求事件の審理が始まった。私は前訴から全ての裁判を傍聴し続けている。この間、中居をはじめとした役員は忙しいせいか、傍聴しに来ることは殆どなかった。訴えられた屋台店主らも一度も傍聴に来ることはなかった。もっとも代理人弁護士に任せてあるからわざわざ傍聴する必要もない。当事者ではない私には傍聴の義務など勿論あるわけも無いが、ここまで来たら見届けることに責任があると思った。それを知っている鳥将の勝子ママや久美ちゃんから、裁判のあった日は「今日はどうだった?」と聞かれるし、場合によっては役員に内容を伝えることもあった。

 この日は冒頭から裁判官の質問で始まった。相手方弁護士に、指示するように話す。

「損害賠償請求の趣旨について、次回までに不法行為の特定をしてください。その際は、昭和六十三年一月二十六日の最高裁判例を踏まえて主張するように」

屋台村側の弁護士は相手方弁護士に対し、例の怪文書が出回ったことを咎め、詰問するように問いただす。

 「代理人の私を通さず、勝手にテナントと接触したのは誰ですか。あなたの指示ですか」

相手は明確に答えない。裁判官は、そのことについては双方で調整するようにとだけ言い、特に問題としなかったのが腑に落ちなかった。

 次回期日は一ヵ月後と決まり、私は裁判官が指摘した判例を調べるために急いで帰った。

事例は土地取引を巡る争いだった。

当事者は原審敗訴の土地売却人A、取引の間に立つB、取引相手のC、価額を算出するためにBを通してCから依頼された測量士Dの四者だ。

AはDの測量方法に間違いがあり、実際の面積より過小に測量したため損害を被ったとしてDを訴えた。原審では測量を依頼したのはCであってAではないから、Dを訴えたのは筋違いだということを理由にAの敗訴が確定した。

問題になるのはここからだ。今度はDがAに対し訴えを起こした。Dは応訴を強いられて弁護士費用や経済的、精神的負担を被った。それはAが訴権を乱用したせいだから損害の賠償をしろと求めたわけだ。

東京高裁ではDの請求を認めた。その判旨を要約する。

「AはDに対して契約上の責任も不法行為上の責任も問えないからAが敗訴したのは当然のことだ。Dが誰の依頼で測量したのかを調べるのは容易なのに、確認もせずにいきなり訴えたのはDに対する不法行為になるから賠償する義務がある」

最高裁ではこの東京高裁の判決を破棄してA勝訴の自判を下した。その判旨を箇条書きに要約してみる。

①紛争当事者が裁判所に終局的解決を求めるのは、法治国家の根幹にかかわる重要なことだから、裁判を受ける権利は最大限尊重されなければならない。

②不法行為といえるかどうかの判断は、裁判制度の利用を不当に制限する結果とならないよう慎重に配慮されるべきだ。

③だから、解決を求めて訴えを起こすことは原則として正当な行為であり、提訴者が敗訴したからといって直ぐに違法とはいえない。

④一方で、訴えられた者は経済的、精神的負担を余儀なくされるから、応訴者に不当な負担を強いるような訴えは違法とされる場合もある。

ここまでの判旨は総論とでもいうべき全体の法律構成だ。屋台村側が訴えられた今日の公判で、裁判官が相手方弁護士に〈最高裁判例を踏まえて不法行為の特定をするように〉と言った真意は次の判決文に集約されるだろう。

「民事訴訟を提起した者が敗訴の確定判決を受けた場合において、右訴えが相手方に対する違法な行為といえるのは、当該訴訟において提訴者の主張した権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠くものであるうえ、提訴者が、そのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知りえたといえるのにあえて訴えを提起したなど、訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに限られるものと解するのが相当である。

けだし、訴えを提起する際に、提訴者において、自己の主張しようとする権利等の事実的、法律的根拠につき、高度の調査、検討が要請されるものと解するならば、裁判制度の自由な利用が著しく阻害される結果となり妥当でないからである。」

判旨はさらに、AがDを誤認に基づいて提訴したのはやむをえない事情があったからで、Dに対する違法な行為とまではいえないので、不法行為には当たらないと結んでいる。

争点が見えてきた。相手方は屋台村側が前回起こした裁判を不法行為だと主張するためには、何を以って不法行為なのかを立証しなければならない。証明責任は相手方にある。そしてそれをクリアするのは難しい作業であろう。〈不法行為を特定せよ〉と言った裁判官の本音は、言葉を変えれば〈何を請求したいのか分からないからはっきりさせろ〉ということだろう。

一つ、不安な点もある。最高裁判例の事例は敗訴確定したケースだが、屋台村の裁判は判決の前に請求を放棄している。それが影響するかどうかは、次回以降の公判を見極めるしかない。

                                   (続く)

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