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連載小説「黄昏と暁のみろく横丁」 shot.64

同級生

スマホ全盛のこの時代、ラインやフェースブック、ツイッター、インスタなどで情報はあっという間に拡散する。良くも悪くも便利なツールが誰の日常生活にも入り込んでいる。それを販促に活かしている屋台もある。〈みろくバル8〉の店主・堀部君は、フェースブックでお客様に逐一情報を流して、店とお客様の関係を深めている。お客様同士の交流も広がり、それは商売として大いに役立っているようだ。

私は店の情報を屋台村ホームページ以外にはネット上で公開していない。リアルなお客様へのサービスに集中するためだ。お客様が情報を拡散してくれることはある。あるとき小中学校時代の同級生が店の開店を知り、同窓生のライングループに紹介をした。情報はあっという間に広がった。

「あいつが屋台村で店始めたんだって」

約四十年ぶりに懐かしい顔がちらほら店を訪れるようになった。と書けば、同級生の来店を喜んでいるように聞こえるだろう。実際はその逆で、戸惑いの想いをもって店に受け容れていることを彼ら彼女らは知らない。

未熟児で生まれた私は、中学時代でも発育が遅く身長は百四十センチ台で子供のような体格だった。修学旅行で風呂に入ったとき、下腹部がまだ発毛していないのを見られて、皆からからかわれた。それをきっかけに男子からも女子からも「ガキ」とか「無毛症」と馬鹿にされ、苛めのようなものを受けた。学校に行くのが辛くなった。恥ずかしさのあまり消えて無くなりたいと考えたこともあった。それでも学校は休まず通った。

楽譜も読めないのにクラス音楽会の指揮者に多数決で指名された。歌の練習をしても私の言葉に従うわけもなく、取り纏めることなどできなかった。誰もやりたくない面倒な係を無理矢理押し付けられた。休み時間には床に転がされ馬乗りされたり、ズボンを脱がされそうになったりした。面白半分の喧嘩ごっこで殴られたり、鉛筆やカッターで手指を傷つけられたこともあった。それに加わらない連中も、仲の良かった友達も、遠巻きに見ているだけで誰も止めようとしない。

皆、同罪だ。

私の何処がいけなかったのだろう。辱めを受けても当然の理由と責任が、私にはあったのだろうか。個人差のある第二次性徴期の訪れが皆より遅れているというだけで。屈辱の時間を、数の力の前で抵抗もできず、ただヘラヘラと笑ってやり過ごすしかなかった。早く休み時間が終わって授業開始のチャイムが鳴ればいいと思った。当然勉強どころではない。成績は見る間に落ちた。親には怒られ、担任の女性教師には心配され、誰にも言えず、言わず、独りで全てを抱え込んだ。

進学希望の高校入試は落ちた。落ちるのは受験前から分かりきっていた。願書を出す直前、担任から志望校は難しいからランクを落とすよう指導されたが聞き入れなかった。ここで人生を変えたかったのだ。厳格な父の意向もあって、滑り止めの学校は敢えて受験しなかった。一年間、浪人生活を送る道を選んだ。学友の環境を変えてゼロからやり直したかった。三月下旬の早生まれの私も、一年ダブれば今よりは大人の体格に近づくだろうと期待した。思い出したくもない過去、私の人生を遠回りさせた彼ら彼女らと一生決別することだけが希望だった。

国語の授業で太宰治の「走れメロス」を学んだとき、〈セリヌンティウスのような、命に代えても守る親友なんて自分にはいない〉と寂しく想い悩んだ。〈いなくていい〉とさえ思った。社会人になって仕事を通しての交流は広がり、自分が選択した人間関係を築き、家庭も持ち、中学卒業以来の約四十年を生きてきた。同窓会に出席することは一度もなかった。

積み重ねてきた日々が、同級生の来店と共に壊されていく。たかだか小中学校の九年間机を並べただけなのに、その何倍もの時間を生きてきた〈今〉が崩されていく。来店する同級生は、そんな気も知らず懐かしそうにして私を見つめる。消し去りたいと願っている〈あの頃〉に彼ら彼女らの時間は止まったままだ。

無論、全ての同級生を疎んじているわけではない。全ての同級生が悪いわけでもない。しかし、当時のことは何もなかったかのような、悪意のない懐かしむ眼が私の心を乱す。私に何をしたか、私が何をされたか、なんて遠い忘却の彼方に都合よく封印されているのだろう。同級生にとってはとっくに〈時効〉で、傷つけたことを悔やむことすらなく免罪符を手に入れた積もりなのだろう。私は誰とも交わりたくないのに。

「ちょっと、背が高くなったわねえ。私より小さかったくせに」

女子の一人が言う。

「大きくなったな」

先頭きって馬鹿にしていた彼より、私は身長が高くなっていた。こんな言葉にはうんざりする。大きくなって悪いか。自分の子供の成長を見るように懐かしんで見てくれるな。

「オレはガキだったよな」

私が言うと、彼は眼を伏せて顔を赤らめた。彼から他の言葉は何も出てこない。同級生が来るたび、フラッシュバックのように時が戻り、瘡蓋になった傷が掻き毟られる。

もう一つ困ったことは、この八席しかない屋台でプチ同窓会が開かれることだ。例えば週末の書き入れ時に五人ほどで来店し、ノンアルコールビールやソフトドリンク一杯と食事だけで二時間、三時間寛いでいく。その間、うちのワインを楽しみに来たお客様が入れずに立ち去っていく。そして皆、私を懐かしそうに見上げている。本人達は同級生のよしみで売上に貢献している気でいるから余計に始末が悪い。聞こえてくる会話は、思い出話と自慢話ばかりだ。私を肴にして会話に花を咲かせている。私はサーカスの見世物ではない。

私はここから逃げられない。ここから動けない私は、来店を拒むこともできない。まるで時を越えてセカンドレイプされているような心境だ。彼ら彼女らが店に来る必然性を私には見出すことができない。酒も飲まずジュースでいいのなら近くのコーヒーショップにでも行って話をすればいいのに。どうやらお酒の楽しみ方も知らない〈子供〉らしい。

そんな折、やはり人づてに聞いてきたという大島が同僚を伴って来店した。中学当時、既に大人の体格をしていたクラス違いの大島は、苛めなどに加わらない男らしいやつだった。往時を懐かしみ、やはり〈大きくなったな〉と言う。大島は仕事上酒席の接待も多く、酒の飲み方を弁えている。

他のお客様の間に申し訳なさそうに身体を小さくして座った。

「さっと来てさっと帰るから。ビールと持ち帰りにピザちょうだい」

グイグイ飲み干して、ピザが出来上がるまでお替りを重ねる。外で入りたそうにしている人を見かけると、戸を開けて声を掛ける。

「ここ、すぐに空くよ。今帰るところだから。入れるよ」

席を譲る気配りまでしてくれた。

「二十も三十も席があるならともかく、これしか席がないんだから屋台は回転が勝負だろ。美味しかった。他のお客さんには迷惑かけないからまた来てもいいか?」

店の事情まで分かってくれてありがたかった。場を盛り上げる話をして他のお客様を笑いの渦に引き込んだかと思うと、三十分も滞在せずスマートに立ち去っていく。嵐のような男だった。以来、会社の同僚や奥さんと来店を重ねてくれている。どのときも二人だけで来る。席を一席でも多く他のお客様へ譲ろうという配慮だろう。私は大島の来店が楽しみになった。過去を懐かしむ話題ではなく、彼とは〈今〉を語り合える。〈過去〉は振り返る必要がない。

忘れ去られる権利があってもいいと思う。〈私〉はあのとき、思春期の薄明の中で確かに死んだのだ。〈希望〉を毟り取られ、〈誇り〉を踏みにじられ、光の届かない地中深くに殻を纏って潜り、呼吸することをやめた。幼虫と化した〈私〉は孵化する日が来るのをひたすら待った。今、彼ら彼女らの目の前に在るかのように見える〈私〉は虚像に過ぎない。かつて脱ぎ去った抜け殻は朽ち果てた。その残像を探しても見つかる訳が無い。〈私〉は〈私〉でしかないのだから。

                                   (続く)

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