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連載小説「黄昏と暁のみろく横丁」 shot.65

屋台マジック

お客様同士の出逢いが、その後の人生を変える転機となる場面をいくつか目の当たりにしてきた。普通の飲食店の席ではあり得ない交流は、袖振り合う密着した狭い空間だからこそ成せる業だろう。隣に誰が座るか、誰も分からない。その時のタイミングと言うしかない。別々の場所から来て屋台を訪れ、たまたま同じひと時を過ごす僅かな重なりの中に、驚くほどの偶然が隠されていることがある。それは最早偶然ではなく、予め仕組まれていたのではないかと思えるほどドラマチックだ。

そのような場面を見るにつけ、〈またか〉という感慨を抱いてしまう。鳥肌が立つくらいの〈偶然〉は、見えない力で屋台に振り注がれた〈運命〉であろう。私はこれを〈屋台マジック〉と呼ぶことにした。

ある晩、地元の女性と出張で来たという男性が隣り合ってそれぞれ酒を楽しんでいた。話題は、何処から来たのかという当たり障りのない質問から始まった。

「東京から出張で、今日八戸に来ました」

「東京のどこですか」

「恵比寿です」

「えっ、本当に!私、さっきまで恵比寿にいたわ」

「出張ですか」

「いえ、休暇を利用して遊びに行ってきたんです。少し前の新幹線で帰ってきたばかりです」

「僕もそうですよ。目黒から東京駅に行って、新幹線で先ほど八戸に着いたばかりです」

「私、昨晩は恵比寿の○○で飲んでいたんですよ」

「あー、知っています。時々利用しますよ」

「あの大きな交差点のところですよね」

「スクランブルのね」

「私たち、あのスクランブルで昨日すれ違っていたかもしれませんね・・・」

感慨深そうに女性が溜め息混じりにつぶやく。

「そうですね。新幹線も同じ便のようだから、近くに座っていたかもしれませんね」

「嘘みたい・・・。同じ所から別々の目的で八戸に着いたのに、今また屋台でこうやって一緒に飲んでいるなんて」

親近感は増し、二人は運命の出逢いをしみじみと語り合った。混み合ってきたため、程なく二人は会計を済ませて別の店へ一緒に出掛けていった。地元ならではのお勧めの店を、女性が紹介することになったようだ。

出逢いがビジネスに繋がり、人生の転機となる場合もある。

ある晩のこと。向かいの店舗で郷土料理を味わっていた男女二人が、会計を済ませると迷わず扉を開けて入ってきた。通路を挟んでこちらを見ていて、次はワインを飲みたいと思っていたらしい。出張で東京から青森に来て県内を廻り、明日には帰京するという。

三十代の男性は細身で髪が長い。フィットしたセーターにジーンズ、そして両手の爪にはビロード色のネールアートがされている。一見、女性のように見えるが男性であることは直ぐに分かった。連れの女性は部下のようだ。聴こえてくる仕事の話題から察すると、税理士法人の会計事務所に勤めているようだ。重めの赤ワインが好みのようで、ボルドーやフロンサックをグラスであれこれ楽しんでいる。 

彼らが三杯ほど飲んだところで男性が一人、扉を細く開けて私に声をかけてきた。一人でよく来店する佐伯さんだった。彼は中に入らず、首だけ突き出して申し訳なさそうに言う。

「マスター、お願いがあるんだけど・・・。財布忘れてきちゃって、明日持ってくるから一杯飲ませてくれない?」

 なんだ、そんなことか。快く招き入れ、いつもの生ビールを注いだ。佐伯さんは、始め私とだけ会話していたが、そのうち出張の二人とも会話が始まった。私は密かに〈面白くなるぞ〉と思った。佐伯さんはまだ三十代で若いが、バリバリの税理士なのだ。

 植村と名乗る男性の仕事の話に、佐伯さんが専門的な知識を交えて加わったものだから、植村さんは佐伯さんの仕事が気になったらしい。

「失礼ですが、ご職業は・・・」

「税理士です」

「えっ、先生ですか。私は税理士ではありませんが、税理士法人の会社で営業しています。事業拡大に当たって、人材を求めて青森に出張してきたところです。専門は?」

「何でもやります」

「ウチは相続が弱くて、クライアントから受けられない案件もあるんですよ」

「相続は得意です。通達だけではなくて、私は判例を読み込みます。過去五年分の通帳から遡って調べて、クライアントの利益を最大に追求します」

 この後、専門的な話で大いに盛り上がり、三人は意気投合した。

「ウチに来てくれませんか」

 植村さんは、名刺を差し出す。

「すみません。屋台村にはプライベートを楽しみに来ているので、普段から名刺は持ち歩きません」

 佐伯さんは非礼を詫びた。

 酒が入っている中での商談は進められた。植村さんたちは本気のようだ。ヘッドハンティングだ。人材発掘に来たものの、望みの成果は得られなかったらしい。最終日の八戸で仕事を離れて飲んでいただけなのに、まさか屋台で理想の人物と行き会うとは思ってもいなかった。

「所長に会ってくれませんか」

 興味を持った佐伯さんは、社交辞令的に引き受けた。佐伯さんはビールのお替りを重ねた。

 佐伯さんがトイレに立った時、植村さんが会計を済ませた。

「佐伯さんの分も一緒に」

三人分の支払を済ませ、戻ってきた佐伯さんと店を出て行った。

翌日、佐伯さんは律儀に支払いに来店した。

「植村さんから佐伯さんの分も頂戴したよ。これくらいはさせて欲しいって言われてね」

「え、まったく・・・」

奢られるのは本意ではないようだが、植村さんの厚意に感慨深そうだった。

「一晩、冷静に考えたんですけど、一度行って所長に会ってみようかと思うんです」

「いいんじゃない。仕事の幅が広がると思う。リスクはないでしょ」

彼は一人で事務所を立ち上げ、八戸の事業者の顧問をしている。首都圏のマーケットは、地方都市と違ってクライアントの数も事業者の規模も、扱う案件の金額も桁違いだろう。

現在のクライアントには、月一度戻ってきて顧問としての仕事を引き続きすることになった。激務だろうが、やりがいに満ちた仕事のはずだ。経験することで必ず何かのプラスになるだろう。順調に行けば、収入は十倍ほどにもなる可能性があるようだ。

後日、佐伯さんが店を訪れた。今日がとりあえず最後の来店だと言う。

「住む場所を決めるため、近日東京に行きます。あの日、ここで植村さんと出会えなければ、何も変わらなかったですよ。あの日のあのタイミング・・・マスターがお金は後でいいよと言ってくれなければ・・・」

彼の眼は希望に満ちて、いつもより輝いて見えた。

「不思議な縁がここでは他にも一杯あるんだよ。きっと、会うようになっていたんだね。

店を開けていてこんなに嬉しいことはない。人と人を繋ぐ場を提供するのがオレの仕事なんだなと思う。おめでとう。素直な気持ちはただ一言、〈嬉しい〉だよ」

話しながら、私の目は少し潤んでしまった。お客様は皆、ここを通過点として成功の道筋を辿って欲しいという思いに駆られた。私は店を開け続けることに意味があると思った。リオちゃんが以前、他のお客様に向かって誇らしげに店を褒めてくれたことがある。

「ヴィエントは本当に良いお客さんしか来ないから」

ゲン担ぎの店と思ってくれれば、店主冥利に尽きる。屋台を始めた甲斐があるというものだ。

このように、男女の出逢いや仕事の繋がりが自然に生まれることは日常茶飯事だ。家に篭っていては何も変わらない。

寺山修司は〈若者よ、書を捨て、街に出よう〉と書いた。何かに行き詰まったり、一人で悶々することがあったら〈気分転換に屋台で呑もう〉をお勧めする。〈求めよ、然らば与えられん。叩けよ、然らば開かれん〉だ。

                                   (続く)

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